鮨一幸 工藤氏がおすすめする鮨に合う日本酒5選
更新日2021.7.21
札幌で予約至難の人気店『鮨 一幸』。2代目である工藤順也さんは、25歳で店を継ぎ、2012年、30歳の時にミシュランの一つ星、2017年には二つ星に輝き、維持し続けている。海産物に恵まれた北海道産のネタに頼るのではなく、全国を視野に最上級の魚介を見極め、締め方、輸送の仕方などにも細心の配慮を払って仕入れている。そして、江戸前の技術に対して敬意を払いながらも、固定観念は取り払い、「どうしたらお魚の個性、真価を味わってもらえるのか」を自分の頭で考え抜き、突き詰めて、工藤さんにしかできない味に昇華させている。より分かりやすく旨味や美味しさを感じてもらえるかも工夫したコースの流れも完璧だ。
職人としての哲学だけでなく、「すべての美味しい、楽しいを客のために考える」というホスピタリティの哲学にも長けている工藤さん。日本酒のセレクト、ペアリングは、日本酒好きはもちろん、あまり日本酒を飲まない人も日本酒ファンにしてしまうほど。
連載1回目では、コースの流れの中でどのような考えをもって日本酒を提供すればより食べ手を納得させることができるのか、ペアリングの極意を工藤さんに伺った。
料理がメインの飲食店において、日本酒を提供するために大切なことは、自分の哲学と料理をとことん理解すること、そして使いたい日本酒もとことん知ることです。肴をつまんで酒を飲んで、お客様主体で空間が成り立つ居酒屋とは立ち位置が違うのですから、まずはそこをはっきりとさせるべきです。そうすることで、なぜ扱うのかという必然性がとても自然なことのように、店のスタンダードとして残ると思うからです。
僕はワインのソムリエ資格も日本酒唎酒師の資格も取り、自分の哲学に合うお酒探しを蔵元や酒屋さんなどにも相談しながら白身にはこれ、貝にはこれ、マグロにはこれ……と決めていきました。このように、こちら側でペアリングを考えている場合、時に銘柄ベースでオーダーするお客様をハッとさせられるサービスが重要です。決して押し付けではなく、「これもいいね」と思ってもらえるゴールを見据えつつ、忘れられない印象を残せるような提案を考えています。
自分なりに考え抜いたペアリングの成果は、お客様の次のご来店でわかります。「今日も日本酒をおまかせで頼むよ」と言ってもらえた時は、至福の時です。そして、日本酒との出会いがその店のペアリングでよかった、「捉え方が変わった」と言っていただけた日には、日本酒をお薦めした立場として冥利に尽きます。だからこそ、この時代の日本酒提供者は、たとえワインやハイボール、ビールよりもオーダーが少ないと感じていても、「伝える」ことを考え続けなければいけないと思います。
白身
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奥能登の白菊 純米酒 輪島物語
白身は、春と秋は鯛、夏は甘手鰈、冬はクエを使います。僕の場合、脂ののりよりも、旨みを重視しています。その繊細な風味を損なわないように、ほんのり甘さを残して、アミノ酸が少ないタイプを選んでいます。『奥能登の白菊 輪島物語』は、地元のお米・五百万石と地元の水で醸された、輪島の風土を感じさせるような純米酒です。お米は60%まで磨き込んでいるため落ち着いた旨味となり、わずかな酸が切れ味となって繊細な風味に寄り添いながらも邪魔をすることなくスッと引いていってくれます。
貝類 × 新政 異端教祖株式会社
貝類には、柑橘を絞るイメージで、クエン酸が効いたお酒を合わせます。ワインでも、貝の持つミネラルとのペアリングは難しく、香り系は最もNG。高精白の磨いた日本酒なら少し後ろで支えることができます。新政は酸の美しい日本酒です。完成度が高すぎて単体で飲みたいお酒と言われていますが、時に驚くほどのマリアージュを見せてくれるのです。『異端教祖株式会社』は入手困難なだけに、「こういうペアリングで楽しませてくれるなら今度もまたお任せにしたい」とお客様に思ってもらえる1本です。酒蔵さん、酒屋さんとの関係も良好にしておくことも重要ですね。
鮪
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鮪不老泉 山廃仕込 純米大吟醸
木桶仕込 火入酒
鮪は、口に残る脂を溶かして香りと味を持ち上げるイメージで熱燗を。例えば不老泉山廃純米大吟醸。木桶仕込み、酵母無添加の山廃仕込み、木槽天秤搾りと、考えられないほどの手間暇をかけ、半世紀以上途絶えていた日本酒造りの伝統・文化を蘇らせたお酒です。木桶ならではのまろやかさと深みがあり、どっしりとしていますが、熱燗にすると穏やかでおおらかな印象がより脹らみます。皆さん目をつぶって堪能されるほど豊かな味わい。店の格である鮪を存分に味わってもらうには不老泉山廃純米大吟醸の熱燗が適任と感じています。
鱈の白子 × 開春 寛文の雫
「開春 寛文の雫」は、江戸時代の文献を参考にしたお酒で、酵母無添加の生酛造り、木桶熟成させていて、蜂蜜や飴のようなニュアンスになっています。自然界に存在する微生物の中でも発酵過程で淘汰されなかった生物が作り出す生命力を感じる力強い旨味なのですが、熟成により角が取れて丸みのある味わいに。これを白子と合わせると味の増幅が素晴らしく、ペアリングというよりも、まさにマリアージュ。完璧な相性なので、白子をお出しした時にピンポイントで「寛文の雫」をお猪口で一杯お勧めします。クリーミーな白子の濃厚な旨味と、味噌や味醂のような古風な造りの日本酒が口の中で溶け合い、残った香りが余韻として伸びていきます。
白隠正宗 辛口純米
多種多様な日本酒がある中でペアリングを考え抜くのは大変な労力がいることです。でも人任せでは印象に残るペアリングはできません。自分の哲学を極めながら、日本酒についても少しずつ知識を深め、徐々に広げていくのが良いと思います。まずは、さまざまな温度で提供でき、グルコースも少なく、アミノ酸も低い「白隠正宗」の辛口純米のようなお酒から始めてはいかがでしょう?
札幌にあって、日本全国に常連客を持つ「一幸」。「東京で店を開いていたら、これほど考えを深めずともやっていけたかもしれない」と話す工藤さん。自分が美味しいと信じるものに共感し、ファンになってもらい、たとえ遠方からでも通ってくれる常連客を増やすために、店の設えから、つまみ、にぎり、お酒の出し方など細部に至るまで工夫と努力を重ねてきた人物だ。
高級ワインと共に楽しむ方、日本酒ならば銘柄指名をする方が多かったそうだが、現在は「おまかせで」と日本酒を頼む方も増えている。それは、工藤さんの職人哲学へのリスペクトを持った客が多い証拠。工藤さんが考え抜いて生み出したつまみと握り。そこに、「これと一緒に食べていただいたら味わいが一層クリアになります」と、これまた考え抜かれたペアリングで楽しむ幸せを誰もが感じたいと思うからだ。
まず自分の料理を知り、どう食べてもらいたいかを整理して、日本酒を選ぶ工藤さん。しかし、「あまりこだわりすぎても客は窮屈になる」とも。「これ以上やったら自分の価値観の押し付けになる」と感じたことがあり、「肩の力を程よく抜くことも大切」と話す。
人気銘柄に頼るのではなく、「何を伝えたいのか考え続けること。そうすれば自ずと店のスタンダードが見えてくる」という、経験を重ね、トライアンドエラーで学んできたからこその言葉に真実を感じた。本気で立ち向かえば、日本酒で勝負できる。日本の伝統文化を背負う鮨職人の矜持に頭が下がる。