連載第20回 有名料理人が語る料理と日本酒

10年連続二つ星を維持するフレンチの名店ESqUISSE(エスキス)ソムリエ若林氏が選ぶ日本酒5選

更新日2022年03月11日

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間もなく10周年を迎える「ESqUISSE」。開業した年には「ミシュランガイド東京2013」にて2つ星を獲得し、今も維持し続けている。エグゼクティブシェフのリオネル・ベカ氏は、フランスで3つ星を50年以上維持している『トロワグロ』の出身。世界初出店レストラン、「キュイジーヌ〔s〕ミッシェル・トロワグロ」(’19年閉店)の初代のシェフを任されて’06年に来日し、2012年にオープンした「ESqUISSE」のエグゼクティブシェフに就任した。 伝統的なフランス料理をベースに、ベカ氏の出身地コルシカや南仏の郷土料理、そして日本の食材や日本料理の技法など多様性に満ちた引き出しを駆使して生み出される一皿一皿は極めて独創的だ。

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そこにワインや日本酒を合わせていくのが総支配人兼ソムリエの若林英司氏。ベカ氏と一緒に仕事をして10年。「ずっと側で見てきたからこそできるペアリングも自慢です」と信頼関係の深さを自負している若林氏。 ’15 年からNHK (BSプレミアム・BS4K)で放送している人気番組『あてなよる』では料理研究家・大原千鶴さんとコンビを組み、多種多様なお酒の愉しみ方を親しみやすい語り口で提案してくれるソムリエ界の若様としても知られている。 連載第20回では、フレンチで日本酒を楽しんでもらうテクニックを臨機応変な対応力を持つベテランソムリエの若林英司さんに伺った。

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日本酒も大きく変化し、多様化しています。もうフランス料理だからワインという時代ではありません。フランス・コルシカ出身のベカの料理も、日本で15年暮らしているうちに、日本で感動した食体験が自然な形で表現されています。 例えば、発酵のニュアンスを出すためにヨーグルトだけでなく味噌を使ったり、旨味を深めるために昆布締めという手法を使ったり、燻製のような風味を出すために醤油やもろみでマリネしたり……。 そういう料理にはワインもいいけれど「あ、これ日本酒が一番合う」と直感的に感じます。また、外国人のゲストを迎えることが多いので、日本酒をお出しすると大変喜ばれます。これから日本酒がますます世界で認められる、あるいは羨望の的となるようなきっかけを作れたらという思いもあります。

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日本酒は常温や燗など温度を変えて違う表情を楽しんでもらうこともできます。タイミングが重要なサービスですから訓練も必要になりますが、記憶に残る食事を演出するソムリエ兼サービスマンにとって、日本酒は今後ますます重要な役割りを果たしてくれるお酒だと確信しています。

ピジョン 赤すぐり ビーツ × 鳳凰美田 夢ささら 純米大吟醸 無濾過生酒

しっとりとした舌触りの鳩の胸肉の薄切りの下にカブの燻製が潜んでいる冷製前菜。サラッとしたソースは手羽先で取ったコンソメとビーツやネグローニという苦味のあるリキュールが使われています。添えられた赤すぐりは、単体だとかなり酸っぱいのですが、鉄分の強い肉料理との相性が良く、一緒に食べると酸味が心地よく調和します。鳩の野性味と旨味、ソースに潜むビーツの甘・苦の柔らかいミネラル感、赤すぐりの酸味には、フルーティーだけれど旨味も入っている、優しいけれど力強い、そんな日本酒を合わせたいと思いました。 そこで、華やかで厚みがあるのが特徴の『鳳凰美田』を。栃木県で開発された酒米「夢ささら」で醸したこのお酒は、大吟醸ですが芳醇で豊かな香り、米のやわらかな旨味やコクが感じられ、とろっと滑らかに舌の上に広がる甘酸っぱさが料理にぴったり寄り添ってきます。口の中で美味しさが増す、そんなペアリングです。

小林酒造株式会社|栃木県
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カサゴ セロリ トリュフ× 醍醐のしずく

昆布で締めたカサゴの皮目を炭に直接当てて芳ばしく仕立てている冷前菜。付け合わせは根セロリのマリネ、ソースはピクルスやマスタード、ハーブなどの香りが潜んでいるマヨネーズ風。やや強めのアクセントとして黒トリュフも使っています。これらの要素とつながりながら広げてくれるような乳酸のニュアンスのあるお酒を合わせたい……と選んだのが強い発酵臭が残っている寺田本家の「醍醐のしずく」です。香りにはどぶろく的なところもありながら、アルコール分は15%と軽やかでワインのような酸を感じるので、外国人の方は、「こんな日本酒があるの?!」と面白がってくれます。グラスは口の中で旨味を広げてくれるよう、液体が横に広がる形状のものを選ぶことも重要です。

株式会社寺田本家|千葉県
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トマトのタルト × 風の森 露葉風 807

チェリートマトとシェーブルチーズのほんのり温かな前菜です。見た目はシンプルですが、アニス、玉ねぎ、アンチョビ、ホッキ貝、パプリカのコンフィが隠れていて、火を入れて味わいが凝縮したトマトの甘酸っぱさと旨味にアクセントを加えながら味わいを広げてくれます。ボリューム感のあるお酒を合わせないと水っぽく感じてしまうので、フルーティーで透明感のある香り、濃醇な “真中採り”を。風の森は、硬水で仕込まれていてとてもミネラリー。キリッとした酸でキレがよいけれど旨味がある味わいはトマトの美味しさと伴走します。キリッと冷やして小ぶりのワイングラスで楽しんでください。

油長酒造株式会社|奈良県
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蛸、豚足、フェンネル(ういきょう)× 大七 皆伝 生酛 純米吟醸

この料理は、ベカの故郷コルシカの山里離れた村のレストランで食べた料理の記憶を形にした一皿です。フェンネルシード風味のハムの下には、糠と大根おろしで叩いてから醤油、みりんで柔らかく炊いた蛸を薄くスライスしてグリルしたもの、ブイヨンで柔らかくしてからカリカリに焼いた豚足、インカのめざめのペーストが。フェンネルの香り、キャラメリゼのような蛸と豚足のゼラチンの甘み、ねっとりとした食感には、熟成感のある柔らかな旨味のあるお酒を合わせたいと思いました。 生酛造りひと筋、大七酒造の純米吟醸『皆伝』は、五百万石で醸された酸味が少なく、しっかりとした味わいを楽しめる落ち着きのあるお酒です。ぬる燗で提供するとより豊かな味わいが開き、料理に寄り添い、ワインにはできないおいしさを繋げてくれるのです。

大七酒造株式会社|福島県
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リュバーブ バディアンヌ(八角) 葛切り × 貴醸酒 陽乃鳥

ブラマンシェの上に薄い葛切りをのせた涼やかなデザート。中には、八角がわずかに香るリュバーブのコンポートと、木苺のソースが隠れています。見た目通り、葛きりのプルンとした食感、甘さを控え、ミルキーな風味が舌に柔らかく広がるブラマンシェなどとてもピュアな印象。そして、リュバーブ、木苺のスーッとした酸味がアクセントになっています。 酸味と甘みのバランスと清らかな舌触りを楽しむのに最適なデザート系の日本酒としてピンときたのが新政酒造の『陽乃鳥』です。これは仕込み水の代わりにお酒を使う“貴醸酒”。名前の通り、とても贅沢なお酒です。醗酵が抑えられて甘口になりますが、加えられたお酒が再び発酵するので、複雑な旨味が生まれるのです。甘いけれど、新政酒造ならではの綺麗な酸で爽やかな香味も併せ持つところがとても似ていて、口の中で美味しさが膨らむのです。

新政酒造株式会社|秋田県
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まとめ1

「ソムリエはお酒のスペシャリストとしていろんな引き出しを持っていたい」と、とにかく飲んでみる、料理と合わせてみるということを繰り返しているとのいう若林氏。 「渾身の思いで作られたお料理と、お酒を合わせるという仕事は、いわば演出家のような仕事。その日の食事がより美味しくなるお酒を選び、幸せになってもらい、記憶に残るテーブルにしたい」と話す。とはいえ、お客様にお酒を勧めるときに何が大切かといえば、やはり「お客様の好みからはずれないこと」ときっぱり。 押し付けるようなことはもちろん説明し過ぎも野暮。ただ、会話の中でお客様の好みをキャッチし「この方は許容範囲が広い」と感じれば、タブーと思われるよう組み合わせでも提案。「意外だけど、こんな日本酒を合わせてみたら、ものすごく美味しくなった!という感動を共有する“共犯者”になり、思い出深いテーブルを演出できたら最高」と笑顔で話す若林氏。 お酒を愛しているからこそ、日々、一つ一つのテーブルと向き合い、ハッピーエンドの食事を演出する中で、日本酒を好きになるきっかけを作るチャンスを狙っている。

レストラン写真

ESqUISSE(エスキス)

東京都中央区銀座5-4-6 ロイヤルクリスタル銀座 9F☎03-5537-558012:00〜L.O.13:00/18:00〜L.O.20:30 不定休 https://www.esquissetokyo.com/
取材・文:藤田実子 写真:エスキス、藤田実子
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